「名画の帰還」という少々ドキュメンタリーっぽい説明的副題が、映画を見る前はなんだかお堅い感じがして敬遠したくなる感じがしたのだが、見終わってみると、この日本版の題名を決めた方々の気持ちが少しわかった気がする。
「黄金」「GOLD」という原題で強調されているワードでは、金箔を使って描かれたゴージャスで見事なクリムトの絵の「金」と、1億ドルという価値を「金銭的」な面で強調しているようで、この映画の奥深さを決して言い表せていないと感じた。
この映画の主人公マリア・アルトマンは、第二次世界大戦中にナチスによって迫害され故郷のオーストリアを逃げ出しアメリカに移住した女性である。
マリアの家族はとても裕福なユダヤ人だった。マリアの叔母アデーレをモデルにした絵をクリムトに描かせ、家の壁にその絵を飾っていたのだが、ナチスがユダヤ人の財産をはく奪していく中、この絵も例外ではなくマリアたちの家から没収され、戦後、オーストリアの美術館に収蔵されてしまった。
オーストリア政府が法改正をし、ナチス時代にはく奪された美術品の返還が可能になったことを知ったマリアは、亡き叔母アデーレがモデルとなったクリムトの絵画を含む4点の絵画の返還請求を考えるようになる。
この映画のもう一人の主人公といえるのが弁護士のランディ・シェーンベルクである。ランディのルーツもまたオーストリアにあり、祖父のシェーンベルクはオーストリアの著名な作曲家だった。
若手弁護士のランディはマリアの相談に初めは乗り気ではなかったが、クリムトのアデーレの絵画価値が1億ドルと知り、積極的にマリアの力になることを決める。
初めは1億ドルの大きなヤマといった軽い気持ちだったランディが、オーストリアをマリアと共に訪れたことをきっかけに変わっていく。
オーストリアでかつて起こったナチスの迫害とユダヤ人の苦しみ、本当の「正義」、自身のルーツというものに気付かされたランディは弁護士事務所も辞職し、自分の家族も犠牲にし、借金をしてまで、オーストリア政府と戦い、名画奪還に尽力する覚悟を決めたのだった。
「黄金のアデーレ」はフランスにとっての「モナリザ」と同じく重要な国家的財産である。オーストリア政府はこのオーストリアの財産というべき「黄金のアデーレ」を返還する気は全くなかった。
マリアとランディは絵の返還請求のためにオーストリア国内で訴訟を起こす必要があったが、オーストリアでの裁判は180万ドルの預託金が必要であることを知り、家と自分の店しか財産を持たないマリアには到底用意できる金額ではなく、オーストリアの裁判をあきらめるより他なかった。
ランディはあきらめきれず、黄金のアデーレ返還の道は何かないかと、あらゆるものを調べ、考え、そしてようやく一つの方法を見つけ出した。それは、アメリカ国内で裁判を起こし、オーストリア政府と戦うという方法だった。
アメリカで最高裁まで戦ったものの、オーストリア政府の引き延ばし作戦で、このままではマリアの寿命の方が先に尽きてしまうのではないかと懸念された。
残された方法はただ一つ。オーストリア国内で裁判を起こすこと。それには莫大な費用がかかり、万が一、絵画が返還されなかった場合、マリアもランディも大きなものを失ってしまうことになる。
それでも、ランディはオーストリアに行くといい、もうあきらめるというマリアを残し、一人で旅立ってしまう。
ランディが法廷で訴えていると、一人の女性が法廷に入ってくる。マリアだった。やはりマリアもあきらめることはできず、再びオーストリアに帰ってきたのだった。
この映画の回想で、マリアの子ども時代、娘時代、そしてナチスのユダヤ人迫害が描かれる。身一つでオーストリアにやってきたユダヤ人が寝る間を惜しまずに働き築き上げた財産をナチスが奪い、裕福で幸せな家族を壊し、そしてホロコーストに送り殺していく。
残酷な歴史の渦に巻き込まれた一人の女性マリアと、世界のトップ10に入るような名画「黄金のアデーレ」、二つの運命がこの映画の要である。
黄金のアデーレが返還されれば、100億円以上の財産を得るマリアだが、マリアが一番取り戻したかったのは自分のルーツであり、過去であり、家族であり、正義だった。
ただ単にお金目的で絵画を訴訟によって取り戻した女という目で見られてしまうかもしれないが、マリアの過去と黄金のアデーレが巻き込まれた運命を知れば、マリアが闘ったものは何かがはっきりと理解できるだろう。
原題「WOMAN IN GOLD」では訴え切れていない部分である「名画の奪還」という補足が日本題において必要だったのは、「1億ドルのお金目的で裁判をして絵画を取り返した女」という先入観を日本人に映画を見る前に持ってほしくなかったからではないか。
本当に見なくてはいけない視点は美しいアデーレの金ではなく、年老いたマリアが毅然として生きるその姿だったのだと思う。
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